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第14章 生食製品 生食製品 総論

第14章 生食製品総論

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はじめに

 本章では、加熱を行わずにそのまま食される「生食製品なましょくせいひん」について紹介する。生食製品は刺身のように生で食べる食品であり、水産物の本来の風味や食感を生かすことを目的としている。一般の水産加工品は美味しさと共に、保存性の向上も目的として生み出され、現在の姿となっている製品が多いが、生食製品は嗜好性を高める点に重点が置かれていたため、冷蔵のみでは保存性が低く、加工後に冷凍流通するものが多い。

 水産物の生食については、加工食品ではなく、生鮮食品に分類されるものもある。2015(平成27)年に施工された食品表示法により、生鮮食品と加工食品の区分が明確になった。表1に水産物食品の区分を示す。

 たとえば、マグロ単品の刺身は「生鮮食品」に分類されるが、複数の魚種を盛り合わせた刺身は「加工食品」となる。また、調味液に浸漬したり香辛料を加えたりして加熱処理を行わない生食製品は「その他調味加工品」に分類され、その代表的な製品として、からしめんたいこ、酢だこ、酢いか、味付けかずのこなどが挙げられる。本章では、他の章で紹介していない生食製品について紹介する。

生食製品の加工の歴史

 生食製品の加工の歴史には日本の水産物の生食文化と近年の技術発展が大きな影響を及ぼしている。日本の生食文化は古く、奈良時代の『万葉集』にも生魚を酢味噌で和えた(なます)として食する記述が見られる。その後、室町時代には刺身が食べられるようになり、江戸時代には活魚の輸送技術が発達したが、生魚を食べていたのはごく一部の人であった。近年のような高品質な生食製品が流通し始めたのはコールドチェーンシステムの発達によるところが大きく、その刺身冷蔵・冷凍技術の発展とともに、刺身やたたきなどの生食製品が広く普及した。特に近年は、船上急速冷凍技術やコールドチェーンの整備、HACCPの導入による衛生管理の徹底などにより、安全で高品質な生食製品の生産が可能となった。現在では、生食製品は日常的な日本の食卓に欠かせない食品となっている。

加工技術の原理

 生食製品の加工は、「非加熱処理」を特徴とし、鮮度保持と衛生管理の両立が重要である。まず、加工の前提となるのは、いかに原料の鮮度保持をするかという点である。電気刺激による鎮静化、活け締め、脱血、ガス置換包装(MAP包装)などの技術を用いて筋肉軟化、褐変、脂質酸化を抑制する。 

 魚の鮮度指標として2022(令和4)年にはK値試験法(末尾のコラム参照)が日本農林規格に制定され、客観的な鮮度の評価が可能になった。さらに、冷凍・解凍技術の進歩も生食製品に欠かせない。ブライン凍結機などを使用した急速凍結により氷結晶の大型化を防ぎ、解凍機を導入することでドリップ生成を抑制し、品質劣化を抑制している。物流や衛生管理の面では、紫外線照射海水や低温管理技術が活用され、微生物の繁殖やヒスタミン生成を防止している。このように、鮮度保持技術と衛生管理技術の発展が、生食製品の安定した製造と安全供給を支える基盤となっている。

原料と一般的な製法

 生食製品の原料は、マグロ、カツオ、ブリ、サケ・サーモン、イカ、ホタテ、エビなど多岐にわたる。養殖技術の進歩により、通年での安定供給と均一品質の維持が可能となっている点も特徴的である。
一般的な製造工程は

①原料の処理〔原料供給業者〕:
冷凍流通の原料は船上でブライン凍結などが行われる。養殖魚は、例えば養殖ブリでは、取り上げ後に電気刺激、活け締め、脱血、フィレー加工を行い出荷するなど、魚種や流通形態に応じた最適処理が採用されている。

②原料の調達受け入れ〔以下加工業者〕:
原料の鮮度・脂質含量・サイズ等を確認し生食に適したものを選別し、受け入れる。

③下処理:
解体や骨抜き、皮引きなどを行う。

④冷却・凍結:
-30℃~-60℃で急速冷凍を行い、品質保持を図る。

⑤加工:
スライスやたたき、ミンチ化(ねぎとろなど)や漬け込みなどを行う。

⑥包装・保存:
真空包装やMAP包装によって保存性を高める。

このように、生食製品の製造は、高度な鮮度管理と工程管理を組み合わせたシステムによって成り立っている。

製品の種類

 生食製品には、地域の伝統や技術を生かした多様な種類が存在する。表2には、代表的なものの例を示した。伝統的なものから最新の冷凍技術を応用したものまで幅広く、日本の食文化を支えている。

生産の現況と課題

 現在、生食製品は技術革新、健康志向、和食ブームを背景に急速に普及している。回転寿司の発展により、水産物の生食は外食として定着した。さらにコンビニやスーパーでもねぎとろやいかそうめんなどの製品が販売され、ネット通販、宅配等も活用され家庭での需要も拡大している。 

 一方で、大量消費の進行により原料調達が課題となるが、養殖のブリやサーモンなどの導入により安定供給が実現している。また、急速凍結やプロトン凍結などの新技術により、解凍後も生に近い食感を保つことが可能となり、全国的な流通が進展している。

 残る課題としては、衛生リスク管理であり、ノロウイルス、腸炎ビブリオ等の対応が不可欠である。

 さらなる冷凍技術革新として、褐変防止技術の開発、消費期限の延長等も期待されている。生食製品は日本の食文化を象徴する重要な分野であり、今後も技術開発と品質管理の高度化を通じて、持続的かつ多様な発展が期待される。

コラム

水産物の鮮度指標K値

 K値とは、水産物の鮮度を示す指標のひとつである。魚類の死後、筋肉中のエネルギー物質であるアデノシン三リン酸(ATP)は、不可逆的にATPADP(アデノシン二リン酸)→AMP(アデノシン一リン酸)→IMP(イノシン酸)→HxR(イノシン)→Hx(ヒポキサンチン)へと分解される。K値は、ATPの分解の度合いを以下の式で算出したものである。

    K値={(HxRHx)/(ATPADPAMPIMPHxRHx)}×100

 ATPの分解の進行は魚種によって異なるが、魚種が同じならK値が低いほど新鮮であることを示す。従来は「K値20%以下が刺身として食べられる目安」とされてきたが、これはあくまでも便宜的な目安であり、魚種ごとに限界値は異なる。
 2022年3月には、日本農林規格(JAS)で高速液体クロマトグラフ法による魚類のK値の測定方法が規格化された。これまで、流通過程における生鮮水産物の鮮度は、腐敗の指標である揮発性塩基性窒素(VBN)や人の主観による官能的評価で判断されてきた。しかし、JASで規格化されたK値の測定方法を用いれば、VBNでは評価できなかった高鮮度状態も対象となり、同一基準で客観的に鮮度を評価できる。現在、この規格化されたK値の測定方法による評価に基づいて、現場で簡便にK値を測定できるデバイスの開発が進められている。

参考文献

・岡﨑惠美子他.「水産物の先進的な冷凍流通技術と品質抑制-高品質水産物のグローバル流通を可能に―」恒星社厚生閣.2017.
・芝恒男.日本人と刺身.水産大学校研究報告,2024 ; 157-172.
・畑江敬子.「さしみの科学」成山堂書店.2005.

(著者:水産研究・教育機構水産技術研究所 橋本 加奈子)