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第8章 塩辛類 塩辛 総論

第8章 塩辛類総論

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はじめに

 塩辛とは、魚介類の筋肉、卵、または、白子(精巣)、あるいは、内臓諸器官に、多量の塩(15~20%)を加えて、自己消化させるとともに発酵させて、「コク」と「うま味」を付与したものである。

 日本の塩辛は、弥生時代に海水から藻塩を製造するようになったことに起因している。奈良県の藤原京(694年から710年)跡から、地方より税としておくられた品物につけた木製の荷札である多数の木簡が発掘され、その一つにフナの塩辛を意味する「鮒醢(醢=ししびしお)」と書かれたものがあり、これが日本における最初の塩辛であるとされている。

 飛鳥時代~平安時代末期に、塩辛は、「醢(ししびしお)」、室町時代には「魚醤(なしもの)」と呼ばれた。江戸時代初期の『日葡辞書(1603年~1604年)』には、「塩辛」という名前で紹介され、日本で初めて「塩辛」が文献に登場した。明治・大正時代に、冷蔵・冷凍技術が開発され、昭和時代に冷蔵庫が普及したため、昭和時代の後期には、低塩化が進み、イカの塩辛等の塩分は約6%になり、現在もイカ塩辛は低塩化した製品が製造・販売されている。

 以上のように日本の塩辛には長い歴史があり、時代により塩辛の形態や食生活における位置づけは変化しているが、平成・令和以降も低塩分の塩辛が製造・販売されている。塩辛の歴史を表1に示した。

加工技術の原理

1.旨味の生成

 塩辛のねっとりとした「こく」と「うま味」は、魚肉中の自己消化酵素や好塩細菌のタンパク質分解酵素の作用による。熟成中に魚肉中のタンパク質は、魚肉中の自己消化酵素や好塩細菌のタンパク質分解酵素によって分解して、ペプチドやアミノ酸を生成し、コク味やうま味が増加している図1。ペプチドやアミノ酸の生成は、酵素反応によるため、熟成条件(熟成温度、熟成時間、pH等)によって異なってくる。

図1 塩辛の熟成中のタンパク質の変化

2.熟成の原理

 塩辛の製造で一番重要なことは、熟成である。熟成には時間がかかるため、熟成中に腐敗させないことは非常に重要なことである。そのため、①塩分を20%以上に仕込んで腐敗を防止し、常温で熟成させる方法、②塩分を10~20%に仕込んで腐敗を抑制し、常温で熟成させる方法、③塩分を10%以下で仕込んで、冷蔵で細菌の増殖を抑制し、短期間、熟成させる方法がある。

 熟成は、塩の静菌作用(塩素イオンのそ害作用、タンパク質の分解酵素の抑制、水分活性の低下、食塩の高浸透圧による細菌の原形質分離による発育抑制等)を利用して細菌の発育を抑えることが重要である。しかし、塩には殺菌力はなく食塩濃度が1~3%では微生物の繁殖を促進するため、常温で長期貯蔵熟成(数か月以上)させるためには塩分を20%以上にする必要がある。塩分が高いほど、常温での防腐効果は大きく、塩分10%で仕込んだ塩辛より、15%で仕込んだ塩辛、さらに20%で仕込んだ塩辛の方が、防腐効果は大きい。塩分が10%以下の塩辛は、塩の防腐効果はあまり見込めない。

 森らは、いかの塩辛について、25℃で塩分が10%、15%、20%で仕込んだ時の風味と微生物の消長、アミノ態窒素、揮発性塩基窒素量の変化について検討した。また、藤井らは、いかの塩辛を塩分10%以下で仕込んだ時の風味と微生物の消長、アミノ態窒素、揮発性塩基窒素量の変化について検討した。これらの伝統的製法による塩辛と低塩分製法による塩辛の違いを比較し、表2に示した。すなわち、以下のことが示された。

1) イカ塩辛の食塩濃度を20%以上で仕込んだ場合は、長期間熟成させることによって、ペプチドや遊離アミノ酸が増加し、塩かどがとれ、まろやかさが出る。

2)イカ塩辛の食塩濃度を10%で仕込んだ場合の自己消化酵素活性は、20%で仕込んだ場合よりも比較的高いが、短期間の熟成のため、塩かどが取れにくく、まろやかさも出にくい。

3)イカ塩辛の食塩濃度を10%以下で仕込んだ場合は、低温熟成するため、自己消化酵素等の活性は低く、タンパク質の分解によるペプチドやアミノ酸のうまみ成分の増加はあまり期待できない。そのため、うま味の調味料等による味付けが必要である。

3.塩辛の成分

 近年の塩辛類の成分を表3に示した。ホヤの塩辛やこのわたは食塩相当量が5g/100g以下であり、アワビの塩辛やイカの塩辛、練うに、粒うに等は食塩相当量が5~10g/100gであり、低塩化塩辛が製造販売されていることがわかる。

 カツオの塩辛やうるか、めふん、しおまねきの塩辛、アミの塩辛等は、食塩相当量が10~20g/100gで比較的塩分が高く、伝統的手法によって製造された塩辛であった。

4.低塩分の塩辛

 近年、消費者の健康志向や嗜好の変化、冷蔵・冷凍流通の技術の進歩により、塩分が10%以下の塩辛が市場で販売されている。自己消化酵素によるタンパク質の分解等による旨味の成分の増加は期待ができないため、調味料等で旨味を増加した塩辛が増えている。

 また、この塩分では防腐効果が低いが、消費者の健康志向により合成保存料等の添加物は使用されていないため、賞味期限は短い。そのため、低塩分の塩辛は、適切な条件で保存しなければ腸炎ブビリオ等の食中毒を起こす可能性もあり、製造工程から消費に至るまでの流通には十分注意する必要がある。

原料と一般的な製法

 塩辛の原料として、スルメイカ、ヤリイカ、ケンサキイカ、マイワシ、カタクチイワシ、エビ、アミ、シオマネキ、アイゴ、ニシン、カツオ、サケ、アワビ、アユ、ウニ等が使用されている。

 以下に、代表的な塩辛であるイカの塩辛の製法を示す。詳細は、各品目のページを参照されたい。

図2 イカ塩辛の製法

製品の種類

 本図鑑では、塩辛類を魚類塩辛とその他の塩辛に分けて、以下の表4のように分類し記載した。魚類塩辛は、主として魚肉を使用した塩辛で、その他の塩辛は、魚類以外の軟体動物や貝類の塩辛を示した。詳細は各製品の項目を参照されたい。

生産と消費の現況と課題

1.生産と消費の現況

 全国の塩辛類の生産量の変化を表5に示した。イカ塩辛の生産量は、全塩辛類の80%以上を占めている。

 イカ塩辛の生産量は、1992年40,598tであったが、年々減少し、2022年には12,476tまで減少している。塩辛類の生産量も同様に減少傾向である。塩辛類の消費量の減少は、消費者の健康性志向、嗜好の変化によるものと思われる。

2.塩辛の低塩分化による食中毒の発生

 本来、塩辛とは、魚介類の筋肉、卵、または、白子(精巣)、あるいは、内臓諸器官に、多量の塩(15~20%)を加えて水分活性を低下させて腐敗を防止し、自己消化させるとともに発酵させて、「コク」と「うま味」を付与して、常温で流通可能な食品である。しかし、冷蔵・冷凍技術が発達し、さらに、消費者が健康志向のために減塩食品を求めるようになり、近年の塩辛は塩分が約5%程度の低塩分となったことで、保存性が低く、低温貯蔵が不可欠となった。また、熟成がほとんど行われないことで熟成による「うま味」成分がほとんど生成しないことから、調味料を添加した食品が多くなった。このように、塩辛については、伝統的製法が行われなくなったことにより、塩辛本来の味わいが失われつつある。

 塩分が、従来の塩含量が10~20%であれば伝統的製法により、腐敗防止が可能であるが、塩分が低い低塩分塩辛は食中毒を発生する可能性があるため、十分注意する必要がある。下記に、2件の食中毒事例を示す。

  ・2007年:イカの塩辛で、腸炎ビブリオが原因である食中毒発生
  ・2018年:カキの塩辛で、ノロウィルスが原因である食中毒発生

製品の衛生管理

 日本国では、令和3年6月1日より、食品衛生上の危害の発生を防止するために、①従業員が50人以上の場合は「HACCPに基づく衛生管理」、②従業員が50人以下の場合は「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」が義務化されている。塩辛類の製造は、小規模な水産加工業者による生産が多く、その場合には②が適用される。
(トップページ下部のリンク先より「HACCPの考え方を取り入れたた衛生管理の手引書(小規模な水産加工業者向け)」を参照されたい。)

参考文献

・野中順三九他.新版水産食品学.恒星社厚生閣.1988;199-203.
・須山三千三他.水産加工.建帛社.1981;248-252.
・太田冬雄.水産加工技術.1991:240-244.
・渡邊実.「日本食生活史」吉川弘文館.2024.
・HACCP の考え方を取り入れた衛生管理の手引書 (小規模な水産加工業者向け).全国水産加工業協同組合連合会.
・森勝美.水産発酵食品微生物学の進歩(1).醸造1987;82:489-494.
・藤井建夫.水産の発酵食品-塩辛・くさや・ふなずし・糠漬けー.化学工業1997;32:28-34.
・藤井建夫.いか塩辛による食中毒について.月刊フードケミカル2007;11:12-16.
・農林水産省、品目別水産加工品生産量累年統計(陸上加工).https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/suisan_ryutu/suisan_kakou/index.html (2025年3月15日参照).

(著者:元愛媛県産業技術研究所 平岡 芳信)