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第7章 水産漬け物 水産漬け物 総論

第7章 水産漬け物総論

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はじめに

 本章では、「なれずし」のほか、水産物を各種の発酵調味料等に漬け込んだ漬物類について掲載した。水産漬物類は、いずれも発酵微生物の代謝産物を利用する点では共通するが、その製法で大別される。

 まず、第1~4節の製品群で、発酵微生物の培養基となる米飯・米糠などのデンプン素材、さらにはそれらを分解する酵素を含む米麹を利用した「なれずし(なまなれ、いずしを含む)」、「麹漬け」、「糠漬け」である。これらは、漬け込み後、製品を嫌気状態に保ち、乳酸菌や酵母など微生物の旺盛な発酵を経ることで風味と呈味成分を醸成させ、同時に保存性を付与するものであり、水産漬物の原型ともいえる。他方、第5~9節の製品群は、発酵調味料(食酢、味噌、醤油或いは魚醤)や醸造産物(酒粕)で魚肉(或いは農産物)を漬け込んだものであり、概ね発酵を伴わない。これらは、古くは一度に漁獲された水産物の簡易的な貯蔵手段(日持ち向上)として利用されたもの、さらには酢漬け製品の一部は「なまなれずし」や「膾(なます)」から変遷したものと考えられるが、近年では低評価魚/規格外養殖魚の付加価値向上にも利用されており、水産漬物の発展型とも捉えることができる。

 なお、本章第1節「なれずし」、第2節「なまなれずし(いずしを含む)」に関しては、表1や成書にもあるとおり、元来は「酢を使用しないもの」と定義されており、厳密なことをいえば「ふなずし」と「ねずし」、一部の「かぶらずし」に限定される(2026年2月公開時)。しかし、ボツリヌス食中毒の予防手段としても有効な「魚肉の仮酢漬け」を取り入れた「あじのすす」、「はたはたずし」及び一部の「かぶらずし」と、今日では「酢を使用した早ずし」に分類されるがその歴史背景から元々は「なまなれずし(早なれ)」であったと推測される「さば寿司」、「このしろ寿司」、「ますずし」は執筆者の意見も踏まえ、第1節第2節に含めた。水産加工研究の成果、食品産業の発展の証としてご理解を賜りたい。

 続いて、水産漬物の原型ともいえる「なれずし」について、日本における変遷を含めて概説する。

アジアのなれずし文化

 アジアの稲作地帯には、魚を御飯で漬ける「なれずし」が数多く存在する。タイ、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナムなど、高温多雨の東南アジア、中国、日本などの淡水魚の保蔵加工法としてなれずしが継承されてきた。魚を漁獲後すぐに塩蔵し、乳酸発酵させて保存すれば腐敗を防止できるため、低温貯蔵のない時代の不可欠の貯蔵法として発展した。農産物の米を利用して魚を発酵させるという特有の技術が発達したことが、東アジアの大きな特徴といえる。現在も東南アジアや中国南部で作られているすしは、原型からほとんど変化していないようである。

日本におけるすし類

 すしは中国を経て日本に伝わったとされており、8世紀前半の『養老令ようろうりょう』に記載があることから、遅くとも奈良時代には伝わったとされている。「なれずし」は保存食として、また行事の際のもてなしや神饌として貴重なものとされてきた。米飯が形をとどめないほどに長期間十分に発酵させたものは「本馴れずし」と呼ばれる。一方、室町時代頃に、塩漬け、米飯漬け期間ともに短く、発酵した米飯も魚と共に食べる「なまなれずし」が生まれた。なまなれずしでは、麹を添加して熟成を促進させる製法が東北や北海道など気温の低い地方で考案され、抑臭のために野菜等も加えたものが「いずし」となったと言われる。これらのなれずしは、生産量は多くはないものの、日本各地の文化と強く結びつき、郷土の名産となっているものが多い。

加工技術の原理

 先述したとおり、水産漬物は2種に大別される。それらの加工原理を概説する。

1.なれずし、なまなれずし、麹漬け、糠漬け

 なれずし類、麹漬け、糠漬けの製造は、魚の前処理としての「塩漬け」工程と、米飯等のデンプン素材と漬け込んで乳酸菌や酵母などにより発酵させる「本漬け」工程からなる。本漬け工程において、各種微生物が増加するが、とくに乳酸菌の著しい増加によりpHが低下し、原料由来の好気性細菌は減少し保存性が付与される。また、乳酸菌、嫌気性細菌、酵母などが産生する有機酸やアルコール類、魚肉の自己消化により生成される種々のエキス成分等により特有の風味が付与される。酢酸、プロピオン酸、酪酸、アミン類がなれずしの特異的な香気性成分とされる。なお、「塩漬け」工程は、いわゆる塩蔵に近いものが多く、「本漬け」工程と同一製造所内で行われないケースもある。各工程の概要とその作用については表2のとおりである。

2.酢漬け、粕漬け、味噌漬け、醤油漬け

 酢漬け、粕漬け、味噌漬け、醤油漬けはいずれも発酵調味料や醸造産物(酒粕)に漬け込むことで製造され、概ね発酵を伴わない。このうち、調味料に塩分を含まない酢漬けや粕漬けでは、食塩による魚肉の下漬け(3時間~一夜)が行われ、加工品によっては塩蔵魚が用いられる。加工の原理としては、各種発酵調味料に含まれる醸造成分や塩分による味・風味と貯蔵性の付与であるが、副次的な作用としてpHの低下によるカルシウムやコラーゲンの可溶化(骨・結合組織の軟化)、魚肉タンパク質の自己消化(酸性プロテアーゼの活性化)による遊離アミノ酸の生成など、いわゆる「熟成」が進行する。また、味噌や酒粕が未加熱のものである場合、主に麹菌に由来するプロテアーゼも失活しておらず、魚肉タンパク質等を分解し、組織の軟化や遊離アミノ酸の生成を促進する。

原料と一般的な製造方法

 それぞれの分類ごとの製法と代表的な製品(産地)と原料魚の概要を表3に記した。

製品の種類

 本図鑑では、水産漬物を以下のように分類し、収載した。詳細については、それぞれの品目の説明を参照願いたい。

生産の現況と課題

 2026年2月公開の収載品24品目について、生産量の変遷と現状、消費拡大に向けた課題やすでに実施されている創意・工夫などをまとめた。

国産原料の不足(不漁または減少)と水産漬け物生産量の変化

 水産漬け物類の生産量に関しては、国内の少子高齢化に伴う需要減と国産原料の不漁に伴う価格高騰を背景に、概ね「頭打ち」か「減少」しているようである。ただ、水産漬け物類は、嗜好品や総菜、珍味や地域の伝統食として愛好されているようで、その証拠として一部の加工品では入手しやすい海外原料(サバ、サケ、ウミタケ)への切替も進んでいる。少子高齢化による需要減はやむを得ないとして、さらなる消費拡大に向けた課題を挙げるとすれば、“国産原料の資源回復”が望まれるところである。例えば富山湾のサクラマスや有明湾のウミタケ、或いは琵琶湖のニゴロブナや秋田のハタハタが再びリーズナブルに入手できれば、それらの加工品は“真に価値ある地の利の一品”として、また“かつての庶民の味の復活”に消費者は歓喜するのではないだろうか。

消費者の減塩志向

 他方、消費者の減塩志向の高まりにより生産量が大幅に減少したものもあり、「いわし糠漬け」などはその高塩分が敬遠され、2000年頃の200-250tからわずか25年で約2tにまで減少した。減塩は、世界保健機関(WHO)の重要事項であり、推奨レベル(食塩摂取量5g/day)にまで減らすことができれば毎年250万人の死亡(コロナ禍における死者数に匹敵)を予防できると推定されている。また、加盟国は、2025 年までに食塩摂取量を 30% 削減することで合意しており、日本も国民健康・栄養調査の結果図1に基づき、2020年から新基準を設定している。つまり、超高齢社会で医療費削減が急務の現代では、減塩もまた抗いようのない時代の潮流となっているようである。ただし、糠漬けの加工技術は、“フグの毒消し”という稀な側面もあり、絶えることなく伝承されることに疑いの余地もない。

図1 性別・年齢階級別食塩摂取量(厚生労働省「平成29年国民健康・栄養調査結果の概要」

安全性対策

 酢漬けの中で「しめさば」のように原料魚にサバを使用する場合、アニサキス (寄生虫) が生存する場合がある。アニサキスが寄生した魚介類を刺身、寿司,マリネなど生に近い状態で喫食すると、虫体が胃粘膜等に潜入することで、激しい胃腸炎を伴うアニサキス症を引き起こす場合がある。東京都内では「しめさば」を含むサバによる食中毒が年間を通じて発生し、サバは感染原因食品の中で最も多く約40%を占めている。アニサキス感染防止対策としては、24時間以上の冷凍処理(魚の中心温度が-20℃以下)が有効である。またアニサキスは魚の内臓から主に内臓周りの筋肉(ハラス)に移行することから、サバなどアニサキスが筋肉中に移行しやすい魚種を生食する際には、ハラスを取り除くことも有効であると報じられている。

消費拡大に向けた創意・工夫

 いずれの加工品においても国産原料の不足など止むを得ない背景もあるが、消費拡大に向けた創意・工夫が随所にあり、それらを以下に列記した。

-原料の代替-
・さば寿司:国産大型マサバ → ノルウェーサバ
・さばへしこ:国内原料減 → ノルウェーサバ
・ますずし:県内産サクラマス → 県外産冷凍ます・大西洋サケ
・しめさば:マサバの漁獲減 → 外国産原料(主にノルウェーサバ)
・うみたけ粕漬け:有明産がほぼ漁獲されず → 中国・フィリピン産などに頼る

-生産体系や方法の変遷-
・コノシロ寿司:自家用は減少、酢漬けでクセが無く食べやすいため市販品が増加
・ねずし:手間がかかるため自家用は減少、乳酸菌発酵スターターの開発で生産性と安全性を向上
・海産物はさみ漬け:魚肉の酢〆と野菜の殺菌でボツリヌス中毒を予防、生産性と安全性を向上

-ブランド化-
・小鯛ささ漬け:若狭小浜で地理的表示GI登録
・うみたけ粕漬け:筑紫平野で盛んな「日本酒造り」の副産物である酒粕を利用
・フグ卵巣粕漬:佐渡の酒造の酒粕を利用
・かじき・まぐろ味噌漬け:県内酒造会社の吟醸粕を利用

-製品や販売に関する工夫-
・かじき・まぐろ味噌漬け:粕・塩こうじ漬けなど同一ラインでの商品ラインナップの拡充、低未利用部位(血合肉)の機能性成分の活用、贈答用の個包装化
・かぶらずし:歳暮慣習の減少や核家族化に対応(樽での販売から個包装化)
・松前漬け:かずのこ入りなど高級品化、キット販売など

―加工技術の開発-
・車えびみそ漬:規格外サイズ(小型の車エビ)の高付加価値化
・ほたるいか醤油漬け:鮮度保持加工による消費拡大
・松前漬け:食感のソフト化(高齢化対応)

-希少性-
・ふなずし:外来魚の繁殖等による漁獲減少(1990年以降50t前後)を背景に高級品化
・しらえび酢漬け:富山湾のみで漁獲、能登半島地震で漁獲量が激減
・あじのすす:石川県能登町の伝統食、NPO法人での年間生産量25㎏
・なまぐさごうこ:新潟市角田浜の伝統漬物(大根)、原料の高騰、減塩志向から減少傾向

参考文献

・藤井建夫ら. 第6章水産漬物,「水産加工品総覧」(三輪勝利監修)株式会社光琳.1983;229-260.
・山下倫明ら. 第7章水産漬け物, 「全国水産加工品総覧」(福田 裕, 山澤正勝,岡﨑惠美子監修)2005;353-426.
・藤井健夫ら.水産発酵食品の概要,「日本の伝統食品事典」(日本伝統食品研究会編.)2007;472-533.
・農林水産省「にっぽん伝統食図鑑」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional- foods/menu/narezusi.html
・西村亜希子ら. 三重県伊勢市のアユなまなれずし. 鈴鹿短期大学紀要 15 (1995): 149-155.

(著者:岐阜県食品科学研究所 加島 隆洋)