目次
第3章 調味加工品 第1節 佃煮

こいの甘煮

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主原料

保存方法

冷凍保存/常温保存

キーワード

甘煮/佃煮/コイ料理

備考

Koi-amani/伝統的加工品

こいの甘煮とは

 こいの甘煮は、コイの胴を輪切りにしたものを醤油、砂糖などで味付けし、煮込んだものであり、地域によっては甘露煮とも呼ばれる(写真1)。「あらい」や「こいこく」と同様、代表的なコイ料理の1つである。
(本文末尾のコラム「山形の養鯉史のはじまりと現在」もご参照ください。)

写真1 こいの甘煮(提供:有限会社 高橋鯉屋)

主な生産地

 山形県、福島県、茨城県、群馬県、長野県などが主な生産地である。

原料選択のポイント

 原料魚は、主に露地池や網生簀で養殖したコイである。コイは、主として2~4歳魚で、約2kgのものを使用している(写真2)。生殖腺、特に卵巣が十分に発達した3歳魚以上を製品にした際の見栄えが良く、消費者に好まれることから重宝される(写真3)

写真2 加工原魚
(提供:山形県内水面水産研究所)
写真3 卵巣が発達したコイの切り身
(提供:山形県内水面水産研究所)

加工技術

 頭部を切り落とし、血液を洗浄しながら胆嚢たんのうのみを除去し、内臓ごと輪切りにする。形が崩れないよう冷蔵庫で静置・乾燥した後、醤油、砂糖、酒等からなるタレで煮込んで着色および味付けし、骨以外の鱗も含めたすべてを食べられるようにする。

製造工程の概略

加工の実際

  • 原料 加工に必要な量の2㎏の加工原魚を自身の養殖池から水揚げあるいは他業者から購入する。原料の水揚げや集荷は、給餌が終了する10月以降に集中する(写真4)

  • 蓄養 地下水中にて2週間以上無給餌で蓄養し、体表および腸内を清浄化する。

写真4 蓄養槽からの取りあげの様子
(提供:山形県内水面水産研究所)

  • 締め 一度に大量に締める際は、電気ショッカーを使用する。これにより暴れることが少なくなり、「旨味成分」となるイノシン酸の元となるアデノシン三リン酸(ATP)の分解・消失を遅らせるとともに、暴れによる魚体損傷や魚肉軟化を抑制できる(写真5)

写真5  電気ショッカー処理(左:コイの投入、右:処理中のコイ)(提供:山形県内水面水産研究所)

  • 頭部除去、洗浄 苦みのある胆嚢をつぶさないように注意しながら頭部を除去し写真6、血液を洗い流す。

写真6 専用機器(頭部カッター)による頭部除去(左:投入前、右:投入後)(提供:山形県内水面水産研究所)

  • 胆嚢除去、輪切り 頭部方向から胆嚢のみを除去し、内臓ごと輪切りにする(写真7)

  • 乾燥 型崩れを防ぐため、冷蔵庫で1晩静置して乾燥させる(写真8)

写真7 輪切りの様子
(提供:山形県内水面水産研究所)
写真8 冷蔵庫内での乾燥の様子
(提供:山形県内水面水産研究所)

  • 煮込み 醤油、砂糖、酒等からなる独自のタレで1時間煮込んで色と味をつける写真9

写真9 煮込み(左:煮込み前、中:煮込み中(三重巻ガスコンロ)、右:煮込み後)(提供:山形県内水面水産研究所)

  • タレ付け 煮込んだ甘煮をトレーに並べ(写真10)、タレをかける(写真11)

写真10 甘煮をトレーに並べる様子
(提供:山形県内水面水産研究所) 
写真11 タレの付いた甘煮 
(提供:山形県内水面水産研究所)

  • 包装 甘煮のサイズ、重量を揃えながら、出荷形態に合わせ、プラスチックトレーや発泡スチロール容器に入れてラップで包装する場合と、包材に入れて真空包装機で包装する場合がある。(写真12)

  • 製品 梱包して出荷する。

写真12 製品化された甘煮(提供:有限会社 高橋鯉屋)

加工に用いる機器等

 電気ショッカー写真5、頭部カッター写真6、三重巻ガスコンロ写真9、真空包装機、大型冷蔵庫、冷凍庫 等

品質管理のポイント

 自ら養殖業を営むプロの職員が目利きをし、加工原魚を吟味する。また、生簀から水揚げ後5分間以内に電気ショッカーで締めることで、鮮度や旨味成分を保ち、創業以来の継ぎ足しタレで1時間炊き上げ、おいしさが変わらない味と柔らかな食感を維持している。

安全衛生管理のポイント

 JFS-B規格(一般財団法人 食品安全マネジメント協会が作成した規格)を取得し、その食品安全管理マニュアルに沿って安全衛生管理を遵守している。

製品の包装及び保管方法

 製品は約200gの規格で販売している。包装は、チルド品であればラップまたは真空包装、冷凍品であれば真空包装のみを適用している。保管温度は、チルド品で10℃以下、冷凍品で-18℃以下である。消費期限または賞味期限はチルド品で約4日間、冷凍品で約60日間である。

調理方法および食べ方

 鱗も含め、骨以外すべて食べられる。冷凍品は解凍後、チルド品はそのまま電子レンジや湯煎で加熱してから食べる。

コラム

「山形の養鯉史のはじまりと現在」

 山形県で養鯉が始まったのは1802年(亨和二年)上杉家十代藩主である定重(脱山)公が領民の水腫病や乳不足に対する医療食としてタンパク源の確保のため、福島県相馬市から稚魚を取り寄せ、米沢城のほりで育てたのが始まりと言われている。
 定重公後見の鷹山公(治憲・九代藩主)は、水腫病、乳不足を申し出る者や養魚希望者にはコイを分け与えたとされ、毎年コイの稚魚を濠に放し、次第に料理に使われるほど増えたと記されている。
1970年代半ばまでは店頭で筒切りにしたコイを販売し、それぞれの家庭で甘煮を作っていたようだが、最近では甘煮を作ることのできる人も少なくなってきており、企業が製造した製品(こいの甘煮)が流通するようになっている。

(著者:山形県内水面水産研究所、伊佐早 皓太)
(協力:有限会社 高橋鯉屋)